おすすめ小説
「少女」 野口富士男著
この本は、表題作「少女」を含む8つの短編から成りたっています。
その8つには、想像力の賜物である醇乎たる小説世界、というものもありエッセー風私小説風というものもある、という具合で微妙に変化しています。
しかしこの作品集を通して言えることは、野口富士男という作家の文章の魅力であり、私は小説を読む喜びに充分にひたることができました。
表題作「少女」は、1985年の作品ですが、その当時世評の高かったものを今度初めて読んで、今更ながら感嘆しました。
住友令嬢誘拐事件に材をとったかと気づいて当時を思い出し、事件の写真をひっぱりだしたりして感銘を反劉しました。
海兵団の衛生兵から帰還した一青年が、ふとしたことから令嬢誘拐を思いたちます。
それが意外にも簡単に成功したのも、敗戦後の社会の疲弊混乱と無縁ではないでしょう。
スペースコレクション同好会によると、食糧不足と猛烈なインフレのために人々は、自分が生きるに精一杯で他人のことなどかまっておれないのです。
小倉恭介という青年の左手につかまったまま眠りこけている少女。
上野駅から乗りこんだ直江津行の夜汽車。
その少女の余りにも頼りきった無垢の態度に、小倉のなかにあった身代金をとろうという物欲とか色欲とかが浄化されていってしまいます。
そういう小倉の心の変貌が、この小説には細かく鮮やかに表現されていて、こちらの胸を打つのです。